・自分が思い込んできたことがあるとしたら
それがなんだったのか、知ろうとすること。
吉本さんの場合、戦前戦中は頑固な国家主義者だったが
敗戦と放送を聴いた時にその世界が消えてしまい
どうしていいのかわからない状態になったこと。
若い吉本さんはその時、
海に浮かんでただ何時間もそのままぷかぷか浮いていたのだそうだ。
それから
自分は世界をまったく知らなかったことに気がついて
では
世界を知るにはどうしたらいいのかと模索苦戦したのだそうだ。
それは数年間くらいあったのだが
まず、アダムスミスからカールマルクスまでの経済論を読んだ。
アダムスミスの
草原にたくさんの林檎の実をつけた林檎の木があるのだが、
その中の林檎一個を取ってもって帰ろうとする時に
その林檎一個の価値、というものがどういう価値なのか、と
アダムスミスが考察しているのだけど、
それがわかりやすくてそれでいて人に考察させて、大変すぐれた人物だと感じたのだという。
・コミュニケーションするという時、他の人とするものということに使われるけれど、
もうひとつ
自分が自分とコミュニケーションする、ということもある、というお話。
たとえば、
花が咲いているのをみて
花がきれいだなあとつぶやくという、そのつぶやいていることは
他の人というより自分に、っていうことだろう、と。
それが芸術のほとんどの部分を占めているのはないか。
それが言葉以前の世界、沈黙、というものが芸術の幹のほとんどを締めているということ。